今西家屋敷

今西家屋敷

目代とは日本の平安中期から鎌倉期にかけて荘園経営を担った代理人のことです。
そんな目代の屋敷が今も大阪府豊中市に残っています。
今西家は春日大社若宮神主だった中臣氏の一族であり、今の豊中市エリアにあった垂水西牧の目代を務めていました。
今西家は神官でしたが年貢の取りたてを行ったり、町の秩序を正したりと領主的な存在でもありました。
そのため、今西家屋敷ではそんな領主的な一面をうかがわせる構造になっています。
かつてその屋敷の周辺は約5.4メートルから7.2メートルほどの堀と、さらにそれを囲むように外堀も作られていたと言われています。
現在の豊中市にある今西家屋敷では外堀は埋められてしまっていて、内堀の内部、神域とされていた本丸部分のみが残っています。
かつて本丸部分には垂水西牧を治めていた春日大社が祭られていました。
今の今西家屋敷は江戸時代に作られたものだと言われていて、大阪市内では最も古い住宅だそうですよ。
今西家屋敷の凄いところは、今でも今西家の子孫の人々が住居として住んでいるということ。
そんな歴史的建造物が住居ってどんな気持ちなのかな、なんて思わず考えてしまいますよね。
住居なので中に入ることはできませんが、大阪府の指定史跡にもなっている建造物は一見の価値あり!